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猫のこと・・・。

実家でのこと。


母から聞いた、父との会話。



母「やっぱりクロがいなくなって、どうにもこうにも寂しいんだよね。」

父「黒い猫飼ったらクロへと同じ愛情を持てるんじゃないか?」
(父は、飼い始めた時から猫に関してはちょっと冷静・・・というより単純?)

母「う~ん・・・」

父「逆にクロじゃないから、可愛がれないか?」
(それもどうかと思う発言・・・)

母「う~ん・・・」

父「じゃぁ全く違う毛色の猫とか」

母「・・・・」

 「やっぱり無理かな。クロじゃないから。」
 
 「クロを抱っこしたいんだもの・・・」




そもそも、母はクロへの思いが強い。

私からしてみたら、チョロもおんなじ。


母は、チョロの最期が引っかかっていて、思い出すことを避けているような

思い出せば「悔い」を残したことが真っ先に出てくる。

確かに、チョロには「悔い」の残ることがあったから・・・。


「あの時全身麻酔をしなければ・・・」


クロはその点、寿命を迎えたような安らかな最期だった・・・。

そして何より、母が大好きだった・・・。


でも私は、クロの最期もチョロの最期も、おんなじだったと思う。

思うようにしたのかな・・・。


チョロの最期は、確かに突然で、

でも処置をしなければ、元気だったか、と言ったらそうでもない。

少しでも良い方向へ向かうべく出した決断だったから

後悔したら、チョロに失礼だし

受け入れて闘ってくれたチョロに申し訳ない・・・。


いつでも思い出せば泣けてしまう。


だけど、

幸せだった時間

癒された時間

愛した時間

そのひとつひとつの思い出を優先したい。


だから、私は母とは少し違って

クロがいないから寂しいのではなくて

実家に猫がいないのが寂しい。


チョロが先に逝き、クロが去年亡くなって

本当に猫がいないという寂しさに気づかされた。


きっと母も、

チョロがいなくなった時のつらさと変わらないのだと思うけど

クロがいなくなった事の方が大きく感じているだけなんだと思う。


「いつか飼う日が来るのかな・・・」


そう母は言うけれど、

4月で97歳になる祖母の介護に、自分の体調も考えれば

難しいような気がする。

母もきっとそれに気づいているから

無責任に「飼う」という決断は出来ないんだろうな・・・と。


私も、

確かにクロとチョロへの思いは強いけれど

今は寂しさを埋めるためではなく、

一度動物を愛した事があるからこそ

その愛情を、必要としている子に注いであげたいと思う。



そして本当なら、

動物を飼うということの責任をしっかり理解している母にも

もう一度、その愛情を、

必要としている子に注いで欲しいと思う。


でも強制することではないですからね・・・。


実際にショップの商品も、寄付するんでしょ?と

「新しいの作ったら見せてね、買ってあげるから。」

と言ってくれてる。


母の精一杯の、動物への関わりなのかもしれない・・・。


私も、その時のために

前を向いていこうと思いました。


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